分子イメージングに関する研究

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生体内・細胞内で動的に生じる化学変化を,リアルタイムかつ直感的に「視る」ことができる蛍光イメージング法は,生命現象を解明するための基盤技術の一つとして生命科学研究において重要な役割を果たしている.現在,蛍光イメージングは多くの生物系研究室において活用されているが,イメージングの適用分子(現象)を拡張したり,感度や解像度などの技術的な課題を克服したりするためには,蛍光分子やイメージング手法に関する化学的な基礎研究が必要不可欠である.実際,これらに関連する研究成果は過去10年間で2回(2008年および2014年)にわたり『ノーベル化学賞』を受賞しており,その重要性・意義は明らかである.我々は,特に蛍光性有機小分子を精密に分子設計・合成することで,独自の性質を有する新たな蛍光分子の開発や,化合物の蛍光特性の新たな制御手法の確立を達成している.これまでに得られた成果をいくつか例示すると,

  • フルオレセイン1,2 やBODIPY3 等の可視光蛍光団に対して,光誘起電子移動(Photoinduced electron Transfer: PeT)に基づく蛍光制御を基盤とした極めて合理的かつ一般的なプローブ分子設計手法を確立した(Fig. 1).
  • フルオレセインやローダミン等のキサンテン環10位をSi等の他原子に置換した化合物4,5 が,長波長蛍光を始めとする興味深い性質を有することを明らかにした(Fig. 2).
  • ベンゼン環2位にメルカプトメチル基やヒドロキシメチル基を有するローダミン誘導体が,分子内スピロ環形成に起因する特有の光学特性を有することを明らかにし,これを基に加水分解酵素等に対する新たなプローブ設計法を確立した(Fig. 3

これらの物理有機化学的な研究は,医学・生物学・創薬への応用を志向した機能性蛍光プローブ開発の土台となる重要な役割を果たしており,我々のグループの大きな強みの一つである.また,上記の知見は蛍光プローブのみならず光増感剤(=光励起に伴い活性酸素を産生する機能性分子)8,9 やケージド化合物(=光照射に伴う化学結合の切断により,生理活性分子を放出する化合物)10 の開発においても有用であるため,我々のグループではこれら関連する光機能性分子の研究についても併せて行っている.

近年,我々の研究室では特に,10位 Si 置換キサンテン誘導体をはじめとした長波長蛍光プローブ母核に基づくプローブ開発を広く展開している.SiR類, TokyoMagenta 類と名付けた蛍光色素群は,蛍光プローブの母核として優れた特性を有しており,実用的な蛍光プローブの開発・展開の礎となっており,左図のように,開発した蛍光プローブの市販化にも成功している.


最近の成果


  1. "Modular Design Platform for Activatable Fluorescence Probes Targeting Carboxypeptidases Based on ProTide Chemistry"  Yugo Kuriki, Mari Sogawa, Toru Komatsu, Minoru Kawatani, Hiroyoshi Fujioka, Kyohhei Fujita, Tasuku Ueno, Kenjiro Hanaoka, Ryosuke Kojima, Rumi Hino, Hiroki Ueo, Hiroaki Ueo, Mako Kamiya, and Yasuteru Urano

    J. Am. Chem. Soc.

    , (2023) doi:10.1021/jacs.3c10086
  2. "General Design Strategy to Precisely Control the Emission of Fluorophores via a Twisted Intramolecular Charge Transfer (TICT) Process"  Kenjiro Hanaoka, Shimpei Iwaki, Kiyoshi Yagi, Takuya Myochin, Takayuki Ikeno, Hisashi Ohno, Eita Sasaki, Toru Komatsu, Tasuku Ueno, Motokazu Uchigashima, Takayasu Mikuni, Kazuki Tainaka, Shinya Tahara, Satoshi Takeuchi, Tahei Tahara, Masanobu Uchiyama, Tetsuo Nagano, and Yasuteru Urano

    J. Am.Chem. Soc.

    , 144, 43, 19778–19790 (2022) doi:10.1021/jacs.2c06397